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スケジュール
06/17(土) 新宿スモーキングブギ
 18:30開場 19:00開演  2,000円+1drink
出演//モンゴリアンバックブリーカーズ/進化論/澄歌〜Smika/乱波250/Bellmond
07/02(日) 阿佐ヶ谷ネクストサンデー
07/16(日) 北千住 Knock
☆4thアルバム「guardare fisso」発売開始1500円☆
☆シングル「なんだかんだ」配信中☆

2017年01月13日

高速バス

トンネルをくぐる

バスにゆられて

山が流れてくる

オレンジと深い緑の繰り返し


少し、眠ろうか。


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皆さんのお好きな乗り物はなんですか?

私のお気に入りは
高速バスです。

安い上に、必ず座れるという安心感
目的地までの、景色の流れを、
この目でしかと見届けられる充実感
そして、静かだということ。

その静かな中で
ひそひそ話すと、(話してるのを聞くと)どうでもいいような内容でも何か重大なことのような感じでたまらんのです!


もんち

posted by もんち&男サマタ at 21:47| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行、遠出など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月31日

東国三社巡り その九(海ホタル)

鹿島灘の浜辺を後にして帰路に着いた、
途中で昼食を摂ったのは3時半頃、、、やばい (;゚∀゚)
この一泊旅行はアクアラインを通って景色を堪能するのが、
当初の目的だったのだ、のんびりし過ぎてしまった、、、。
ここからアクアラインまでどの位の時間が掛かるのか?
もんちのiphoneで調べたら到着までに2時間弱と出た。
制限速度をオーバーして行けば、もっと早く着くはずだ、
とアクセル全開するも片側3車線の道路はでかいトラックがひしめいている。
そう、ここは鹿島臨海工業地帯のまっただ中、
信号で止まる度にトラックが俺の前に入って来る。
まぁ彼等は仕事だからな、、、と道を譲る俺 d(  ̄ー ̄ )> エッヘン!
しかし、動き出したら抜群のハンドルテクニックと動体視力で、
わずかな隙間をすり抜ける +。:.゚d(*´∀`*)b.:ウソです。+゚

そして潮来ICから東関東道に入り館山道に進む、順調だ!
これなら5時前にはアクアラインに入れるかと思ったその時、
俺のスマホが鳴った、、、誰だ?
運転中の俺の代わりにもんちが電話に出てみると、
警視庁?検察庁?よくわからんが、こちらからに電話をする事になってしまった。
まぁトイレにも寄りたかったのでPAに、
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房総ファンクラブ?なんでnだけ小文字なの?

しばらくして出発、段々と暗くなって来る中アクアラインに突入♪
海ほたるに近づく頃はこんな感じでした。
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雲に紛れて見えるのはもしかして富士山かな?

海ほたるに到着♪
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やっぱり富士山だった!
、、、しかし暗い。

夜景は綺麗だったが、、、
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海を眺めながら走りたかった (T-T)

そういやぁヤマトタケルも源頼朝も海を渡って房総半島に来たんだよな、
等と思いつつ、しばし休憩。
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潮風は生温かったけど、
アイスクリームを食べた後は安全運転で帰宅。

しかし、千葉って広いのね、
上総、下総、安房が一つになってるんだよな、
走行距離は約450キロでした。

おしまい

男サマタ

posted by もんち&男サマタ at 22:24| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行、遠出など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月30日

東国三社巡り その八(香取海から鹿島灘)

香取神宮の御神木に樹齢千余年と記されていたが、
約1000年前、この地には香取海(浦)という内海が広がっていた。
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江戸時代になると利根川の河川改修が行われてこうなり、徐々に淡水化が進み、
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土砂の堆積も進み、開拓も進み、、、現代。
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いずれの地図も千葉県立博物館大利根分館のHPより。

ちなみに、もっと時代を遡り縄文海進の頃の想像図はこんな感じ。
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車を走らせて来る時に関東平野だなぁ〜と思った広々とした光景もかっては海だったのだ。
そして、この内海の周辺は一つの経済圏として発展して、
香取、鹿島の両神宮の辺りは物量拠点でもあり地政学的には軍事的要衝でもあった。
10世紀の平将門の乱等は、その争奪戦を遠因ともしているのだろうな、、、


息栖神社を後にした俺達はかっての香取海の上を車を走らせて鹿島灘へと向かった。
とりあえず海の近くで車を停めて歩いてみたが砂浜はない、
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鹿島臨海工業地帯の真っ只中で風力発電のでかいプロペラ?がずらり。

堤防の途切れた所を探して海を覗いてみたが、
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向こう側はテトラポット、
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しかし海は蒼く空は青い。

どこかに砂浜があるはずだと再び車に乗り移動する事10分、やっと砂浜にたどり着いた。
イヤッホ〜と奇声をあげ靴を脱いで走り出すもんち、、、
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なんか踏んづけて怪我してもしらんぞ、と冷静に歩く俺。

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野を越え山を知り 浜辺で波に濡れる、、、
ある歌のフレーズが頭に流れていた。
、、、続く。


男サマタ

posted by もんち&男サマタ at 14:31| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行、遠出など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月29日

東国三社巡り その七(息栖神社)

香取神宮を後にして東国三社の残り一つ息栖神社へと向かった。
車は田園地帯を走る、気持ち良き風。
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ほどなくして息栖神社に到着
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鹿島、香取の両神宮に比べたら規模は小さい、
楼門ではなく神門。
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本殿
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祭神は岐神(クナドノカミ)が主祭神、天鳥船命も祀られている、
国譲りの神話では先導役といったところか。

御神木から本殿を覗き見る。
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樹齢推定千年とはいえ香取神宮の神木に比べたら、かなり小さく感じる。
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社伝によると創建は応神天皇の時代、
当初は少し離れた場所にあったのが平安時代に移転されたとか、
この辺り一帯に海が広がっていた時代の沖洲に建てられたとの事。
水上交通の要衝だったって事だろうが鹿島、香取の地とは、
土壌も違うから両神宮の様には木々も大きくは育たないのだろうな。

息栖神社の一ノ鳥居は常磐利根川にあるのだが、
すぐそこだったのに見逃してしまった。
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両脇の小さな鳥居の下は忍潮井(おしおい)と呼ばれる井戸が湧いていて、、、
実はこの井戸が御神体であると後で知りました (T-T)

ついでですが、ネットで見つけた東国三社の位置関係の図、
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ほぼ二等辺三角形。息栖神社の創建当初の場所だと、ほぼ正三角形になるらしい。

香取神宮と息栖神社は直線距離で9キロ、この2社は同緯度にある、
東西を平行にするとこんな感じ、これもネットで見つけた図。
map_togoku.jpg

息栖神社と香取神宮を結んだラインの直線上には大宮の氷川神社。
鹿島神宮の真西にラインを伸ばすと諏訪大社。
鹿島神宮と香取神宮を結んだラインの延長線上には、
富士山そして伊勢神宮、更にその先は九州の高千穂の峰に当たる。

こういったものを古代のレイラインと言うが、
不思議でも神秘でもなく、太陽の角度で方角を知り暦(季節)を知る事が、
いかに重要だったかという事。
前日に行った鹿島神宮の東一ノ鳥居は、
冬至の日に鳥居の向こうに日の出が見られて、
そのライン上に何があったか、、、忘れた。

まぁ、とりあえず東国三社巡りは全て参拝終了♪
まだ帰るのには時間が早いと言う事で、
息栖神社を後にして向かったのは鹿島灘、
海を見るぞ!

、、、続く。


男サマタ
posted by もんち&男サマタ at 18:30| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行、遠出など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月23日

東国三社巡り その六(香取神宮)

いやぁこのシリーズなかなか終わらんなぁ、旅行に行ってから2週間経ってしまった。
しかし撮影した写真を見ていると色々と思い出せるから、やはり撮っておくべきですね。

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佐原から香取神宮まではすぐだった。
駐車場に車を止めて歩き出すと暑い!
俺達の前を観光バスから降りた一団が足早にゾロゾロ歩いて行く、
神社に来たら、も少しのんびり歩いてもいいんじゃない?
と思ったけど観光巡りの予定があるのだろうな、
と思いつつ参道の店を冷やかしながら進んだ。

鳥居をくぐると森の中に入るので別世界の様に涼しい。
参道は直線ではなく、右に左に大きく曲がって進む。
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神社の鎮座する山は神域とされているから、
森の奥の方は人の手が全く入ってないらしい、
スズメバチに注意の看板が何枚かあった。

しばらく進むと、鬱蒼とした森が開けて来て階段を昇ると楼門がある。
先程の一団が参拝を終えて出て来る、早過ぎだろ(笑)
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楼門中央の額は東郷平八郎の筆によるものなのか、、、ふーん。

楼門をくぐると裏側に狛犬
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境内の神代杉で作られたらしい、
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昭和初期の作、この力強さはただ事ではない。

そして拝殿、
日差しが強かったとはいえ異様に明るく感じたのは、
新しいだけではない気がするなぁ。
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祭神は経津主神(フツヌシ) 
日本書紀では鹿島神宮の祭神建御雷神(タケミカヅチ)と共に、
出雲の国譲りに登場するが古事記では登場しない、
二神一対の神とする説もある様だ。
そう言えば鹿島神宮にもある要石はこちらにもある
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社伝によると香取神宮、鹿島神宮ともに創建は神武天皇の時代、
神話の時代とはいえ神話は何らかの出来事に基づいて作られたもの。
頼朝、尊氏、家康と幕府開設者が寄進しているのも軍神だから、
もちろん大和朝廷だって軍事政権か。

境内には海上自衛隊の練習艦「かとり」の大きな錨があった。
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そして杉の巨木、、、
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御神木は樹齢千余年。
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近くに寄ると太さが分かる、
向こうで見上げているのはもんち。

暑いってのもあったが、あまり長居は出来ないので参拝を終えて次に向かう。
帰り際にあった小さな祠は護国神社。
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千社札が何枚か貼ってあったが、
この貼り方も確かルールがあったはず、
シールなんか貼るな!

お次は息栖神社、今度こそ迷わずに行くぞ。
、、、続く


男サマタ

posted by もんち&男サマタ at 17:23| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行、遠出など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月16日

東国三社巡り その五(水郷 佐原)

東一ノ鳥居を後にして水郷の町佐原の宿に到着したのは6時。

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本当はこういった所に泊まってみたかったが、
実際に泊まったのはビジネスホテル。
俺達以外の宿泊客は仕事で来ている人ばかりの様だったが、
平日で空いていたため外湯は広々と使えたし、
食事も何種類から選べる定食だったが、予想以上に美味かった!
朝食も付いて一人5000円は安いなぁ♪
翌々日から佐原のお祭りが始まるので、この日程にして正解だったな。

翌朝は良い天気になって何より、もんちは早起きして散歩に出掛ける。
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川というか用水路だな。

9時には宿をチェックアウトして忠敬橋あたりを小野川沿いに散策、
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観光客は、ほぼ居ない、、、しかしこの日は暑かった、
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お祭りの日は賑わうのだろうが、のどかなものだった。
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川沿い以外も歩いたけど、こちらも古い街並が残っていた。
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俺が育った街も昭和の40年代前半くらいまでは、
こんな街並が残っていたっけ。
今では、ある程度の観光地でないと残せないのか。

珍しい形の街灯も発見。
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小一時間程散策して次なる目的地の香取神宮に向けて出発。
車のラジオからは最高気温は30度を超えるでしょうと流れていたが、
すでにビールが吞みたくてしょうがなかった(笑)
、、、続く。


男サマタ
posted by もんち&男サマタ at 12:30| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行、遠出など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月15日

東国三社巡り その四 (人間ナビゲーター vs iphone)

鹿島神宮の滞在時間は、あまりの居心地の良さに2時間半にも及んでしまった。
そろそろ次なる目的地に行くかと駐車場に戻ると車が雨に濡れている、
パラパラと降ったり止んだりしていたのだが、
神社の森の中にいると、このくらいの雨は苦にならんのだ。

次なる目的地は息栖神社、鹿島神宮からは10キロちょっとのはずなのに、
向かう車中で人間ナビゲーター vs iphoneの闘いが始まってしまった。
少し前に機種変更したiphoneのナビ機能に、もんちが行き先を入力。
車を走らせて行くと、、、「◎◎の信号を右折です」とナビの音声。
「いや、そりゃぁ違うだろ、左のはずだよ」
と大雑把に地図を頭に叩き込んでいた俺は左折。
「あんたナビが言っているのと逆じゃない!」
「いや、絶対こっちだよ!」
「ほんとアンタって頑固ね!」
等と言い争いつつも車を走らす。
「おい、あと何キロになった?」
「目的地まで20キロ、さっきより遠くなってるじゃない!」
するとナビからは「300m先をUターンして下さい」
「ほらアンタが間違っているのよ!!!」
「わかったよナビの言う通りに行くよ!」
とUターンしてしばらく車を走らす、、、が、やはりおかしい。
「お前ちゃんと目的地入力したのか?このパンフレットに住所載ってるぞ」
「したわよ、ちょっと確認してみるね、、、あっ!」
「、、、なんだよ」
「息栖神社って入力して、一番上に出て来たのを選択したのだけど、、、」
「だけど何だよ」
住所が違ってる息栖神社っていくつもあるのね
「ふっ、やっぱり俺が正しかったのか」

しかし、これから息栖神社に向かうとなると宿への到着が遅くなってしまう、
息栖神社は明日にして宿に向かおうと決めたが、今どの辺りだろう?
と地図を見ると鹿島神宮の東一ノ鳥居が近い、ちょっと寄って行くかと車を走らせた。
今度は間違いなく住所を入力したもんち、ナビに従って無事到着♪
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西一ノ鳥居は北浦の湖畔に立っているのを車から眺める事が出来たが、
東一ノ鳥居は太平洋に面した明石の浜に立っている。
その昔、建御雷と経津主(フツヌシ)両神はここに上陸して、
建御雷は鹿島へ経津主は香取へ移ったという伝承がある。

東国三社巡りに出る前に調べた画像だと、
鳥居の向こうに鹿島灘が望めるのだが、
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現在は防波堤が工事された為、俺の身長でも鹿島灘は見えない。
DSC_0365.JPG
よじ登って見てやるかと思ったが、
すぐ脇に工事している人も居たのでやめといた。

そう言えば、5年前の地震で鹿島神宮も二の鳥居が崩れたり、
石灯籠が倒れたりの被害があった。
津波がこの浜を襲っていたら、
この鳥居なんかひとたまりもなかったろうな、、、
すると突然の突風に雨がバラバラっと激しく降り出した。
やばい、怒らせたか?

慌てて車に戻り、宿に向かったのでした。
、、、続く


男サマタ

posted by もんち&男サマタ at 17:19| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行、遠出など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月09日

東国三社巡り(番外編 関東出身者に朗報!)

東国三社巡り(鹿島神宮、香取神宮、息栖神社)をして来たのですが

なんで?

というと、この本を読んだからです。

2016-10-09 12.15.47-2.jpg

正直に申し上げて、この本を読むまで、私は有名な神社やお寺というのは
関西地方にしかないモノだと思っていました。
歴史ドラマの舞台になるのもやっぱり、京都だったり、九州だったり、東の方だと、東北地方だし。
鎌倉幕府があるけど、それでも、物語の魅力としては知識があまりないためか、ピンと来なかったのです。

そんなわけで
東国三社はおろか、鹿島といえばアントラーズだし、香取と言えば慎吾、
というぐらい、なにも知らなかったのです。

しかし、食べ物はおいしく、気候はよろしく、
非常に魅力的な、由緒ある歴史的な土地だと言う事をこの本を通して知りました。

そのうえ、この東国三社はそれぞれが 有名な”パワースポット”とよばれるほどの
素晴らしい神社で、その三社を巡ると、とんでもなく、
いい事が起こる!という、オマケまで付く!!!

マイバースデーやピチレモンという、
おまじない・占い雑誌を読んでいた少女時代を過ごした私

歴史 謎解き系の本が大好きな佐俣の意見が一致。

関東出身の私たち二人にとっては、まさに、朗報!!!

これは、行くしか無いな、と踏み切ったのです。


♪もんち
posted by もんち&男サマタ at 13:15| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行、遠出など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月08日

東国三社巡り その三(鹿島神宮-2)

鹿島神宮の神域は思っていたよりも広かった。
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楼門をくぐり拝殿で参拝し奥参道を歩く、
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後ろを振り返ると緑の向こうに赤い楼門が見える。
再び奥に向かうと、
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もんちが歌っていた♪

参道の中程に鹿園とさざれ石
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御大層に囲いやがって、
と思いつつ更に奥に進むと奥宮がある。
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戦国期の剣聖塚原卜伝はこの鹿島の人。
彼が主人公のドラマロケでは、この奥宮が使われたそうな。
奥宮は徳川家康が奉納したかっての本殿を移したもの、
卜伝と家康とでは数十年の時代差があるが、
このシンプルな古めかしさはピッタリじゃないか。

奥宮を更に奥に進むと要石がある。
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地震を起こす鯰を押さえているとも、
神が降臨した御座とも言われているが、
上部のみがほんの少し露出している巨大な岩との事。
水戸黄門が7日掘らせたけど底まで露出しなかったらしい、
お祖父さんは本殿を奉納したと言うのに、
意外とやんちゃだったのね天下の副将軍は(笑)

要石から奥宮に戻り別の道を下るとあるのが御手洗池。
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禊の場なのだが、湧き水が流れ込んでいて透き通っている。
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汲んで持ち帰っても良いとあったが、何も容器がなかった (T-T)

この一帯は公園にもなっていて、
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このあずまやでもんちは何やら書き物を始め出し、
俺はあちこちを眺める。
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こんな切り株も、
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修復や式年造営用の木材は自前の森から調達するのが本来だったのだろうが、
時代が下るとそうでもないのだろうな、
神社とは再生の場でもあったのだ。
、、、続く。

男サマタ
posted by もんち&男サマタ at 21:43| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行、遠出など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月07日

東国三社巡り その二(鹿島神宮-1)

平安時代の延喜式で「神宮」と呼称されたのは伊勢神宮、鹿島神宮、香取神宮の三社のみ。
そのうちの一つ鹿島神宮に着いたのはお昼過ぎだった。

先ずは腹拵えしなくてはと参道を歩くも、
平日だからか半分以上の店は閉まっている。
適当に選んで入った店が大当たり♪
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もんちが頼んだたぬき蕎麦には天ぷらも少し載せてあった。
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食事を済ませて参拝、本殿は珍しく北を向いている。
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昔から水運の発達したこの地は蝦夷征伐の前進基地だったから、
北を向いているという説もある様だ。
かって防人はここに集められて調練して船で送られた、、、
軍事拠点でもあったのだろうな。

鹿島神宮の祭神は建御雷(タケミカヅチ)
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出雲の国譲りの神話では、先遣軍の将軍と言ったところ。
建御名方(タケミナカタ)との力比べは相撲の起源とされているからか、
横綱白鳳の奉納土俵入りの写真も飾ってあった。
そういえば武道のお守りも売っていたな、買わなかったけど。

鹿島神宮の社格が高かったのは、、、
建御雷はいわば建国の功臣でもあるし、
天照大神より先に生まれてもいるし、
ニニギノミコトの天孫降臨より早く降りて来ているし、
その建御雷を氏神としていたのが藤原氏、
つまり藤原氏との関係なのだろう。
中臣鎌足はこの地で生まれたとも言われているから、こんな名前の桜もあった。
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日本書紀や古事記が完成したのは鎌足の子、藤原不比等の時代。
一族の系譜と神話を上手く結びつける、、、
権力者にすればおちゃのこさいさいか。

神社には鹿もいた、、、
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奈良の春日大社の鹿は、ここの鹿が移されたもの。
へぇ〜と思いつつ見てたけど、
ちょっと臭かった。
、、、続く


男サマタ
posted by もんち&男サマタ at 21:16| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行、遠出など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月06日

東国三社巡り

たまには旅行に行こうぜ!ということで計画を立てた。
当初は甲州のひなびた温泉でノンビリすっか 、
とあれこれ探すも中央道は平日でも渋滞するからなぁ。
で選んだのが千葉、理由はアクアラインを通りたいから。
当初は南房総を攻める予定だったが、もんちが調べてゆくうちに東国三社巡りと相成った。

出発は昨日、天気予報では曇り後雨、しかも台風の影響で読めない。
天気が悪い時にアクアラインを通ってもと思い、
行きは練馬から外環道、常磐道、圏央道、東関東道を経由して鹿島へ到着。
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今にも降りだしそうな空の下、
1つ目の目的地は鹿島神宮。
、、、続く。


男さまた
posted by もんち&男サマタ at 07:20| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行、遠出など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月13日

甲州弁

もんちの伯父の葬儀、無事終了いたしました。
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6月5日の日曜日に容態が急変し入院先の病院で死去。
故人の希望で故郷の生家の墓に入る事になり、
東京で荼毘に付した後に昨日、山梨県は韮崎で葬儀が執り行われました。

幸いに昨日は好天に恵まれ、暑いぐらいの陽気。
曹洞宗の寺は田園地帯にあり、田んぼの緑や、森の青々とした木々が眩しい。
北の方を見れば八ヶ岳の山々、、、
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反対側を見れば雲の上から富士山が頭を覗かせていた。
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あぁ良い所だなぁ、、、と頭の汗を拭き拭き思う。

同じ景色、風土で共に過ごした日々、、、
人と人との結び付きとは記憶の共有でもあるな。

葬儀に参列したのは、俺を除けば、
この地出身の人ばかりで飛び交うのは甲州弁。
もんちは東京の生まれだが両親がこちらの出身なので、
自然と甲州弁で話していた。
甲州弁といえば朝の連ドラで取り上げられていた
「てっ」が出るかと思いきや、、、誰も使ってねぇじゃん。

そういえば、この辺りの地名は武田と言うのだが。
あの甲斐源氏武田氏の発祥の地だとか、
近くに武田家開祖の武田信義の館跡や、
武田家の氏神 武田八幡神社もある。
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あの武田信玄も「てっ」とか言っていたのだろうか?


色々と心遣いを頂いた皆様、
ありがとうございました。


男サマタ


posted by もんち&男サマタ at 15:31| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行、遠出など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月04日

貫前神社のスダジイ

先日、群馬に行った時に妙義神社の他に貫前神社にも参拝。

境内にある樹齢推定1000年のスダジイともんち。
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このスダジイは老いてもなお樹勢が盛んであるとの事。

常若(とこわか)の思想に根ざした式年遷宮、式年造替等にみられる、
常に新しく清浄であることを尊ぶ神道の精神とその傍らにある老木。
老木と書いたけど、そもそも樹齢1000年は老いなのだろうか?
そして老朽化することは穢れなのか?
人間と樹木では命のサイクルも違うからなぁ、、、
と短いサイクルに追われる現代人は、
時間の止まったかの様な神社の境内でふと考えました。

貫前神社は上野国一宮、
確か末社に伊勢の内宮と外宮も祀られていたなと行ってみたら、やっぱり。
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連休に伊勢に行ったが伊勢神宮に参拝出来なかったのでこちらで参拝。

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千木は伊勢神宮と同じく外宮は外削ぎ内宮は内削ぎ、
末社とはいえ当たり前か。

貫前神社の本殿は参道を下った所にあるので、
末社から見るとこんな感じ。
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神社の静かな空間にいると頭の中が一旦空っぽになった気がする。

パワースポットだなんだでペチャクチャ騒がんでくれ。


男サマタ
posted by もんち&男サマタ at 14:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行、遠出など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月29日

妙義の大の字

「大の字」と言っても、、、Hall of Glassのポチコさんではない。
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先週末、田舎に行ったおりに妙義神社に参拝して来た。
神社は上毛三山の一つ妙義山の中腹にある。
道の駅に車を停めて見上げると大の字が見える。
DSC_0538.JPG

ズームするとこんな感じ
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何年か前に来た時よりクッキリ見えるなと思ったが、
子供の時はもっと遠くからでもよく見えた気がする。
昔は空気が澄んでいたのか、俺の目が悪くなったのか、まぁ両方だな。

駐車場から反対方向を見る、遠くに故郷が見える。
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神社に向かって昇り始めると、
お年寄りが途中で登るのを諦めた様に見上げている。
石段の傾斜は結構きつい、
しかも古いままのデコボコでネジ曲がってもいるしで無理だよな。
たいした段数でもないのに俺も息が上がって来た。

途中で、もうやめようかと振り返る、、、
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いい景色だ、、、

もう少しだと登り出すと「大の字」が見えて来た。
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到着♪
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ポチコさんならココできっと大の字で寝ただろうな(笑)

「大」は妙義大権現の大だそうな。
江戸の昔に妙義神社にお参り出来ない人々が、
中山道の宿場から手を合わせてお参りしたのだとか、
その当時は麦藁等で出来ていたらしい、今はコンクリートかな。

信心深くても叶わない事がある、
ならば本来とは違っていても、少しくらいのプロセスを省いても、
叶う様なやり方を考えればいいじゃないかって事だ。

教条主義だかなんだか知らんが、
今の時代の方が何かと堅苦しいね。

男サマタ



posted by もんち&男サマタ at 21:47| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅行、遠出など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月23日

伊勢参り 3日目

yositokage.jpg

ライブ翌日の朝、誰よりも早く寝た俺は誰よりも遅く起きた。
「アンタは本当にマイペースよね」ともんちによく言われるが、
確かにそうかもしれん。
出された朝食も初めて食べる「サメのタレ」とか滑らかな蒲鉾かな?
が美味しくて、ご飯はお替わり3杯、、、
もんちが知ったらまた何か言われそうだな。
その後少々まったりして9時半頃に出発、
細江君及び家族の皆様には本当にお世話になりました。

日記のタイトルを「伊勢参り」としているが、
今回は伊勢神宮には参拝しなかった、やはり連休で混んでいるから。
前日に聞いた話によると伊勢市はおろか隣りの松坂市でもホテルや旅館は満杯との事。
泊めて貰った細江君の家から外宮は近いのだが、伊勢市内の道は広くはない。
実は2月に来た時もちょっとした渋滞に遭遇していたのだ。
この日はUターンの渋滞が最悪と予想されている、早目に出発するに超した事はない。

で玉城ICに向かっていると細江君から祥人君の携帯に電話が掛かる。
忘れ物があるとの事、もんちのカバンだった。
「あぁ〜あ」と呆れられるもんち、、、しかし、俺はそんなに攻めなかった。
皆には内緒にしていたが1日目に出発して引き返したのは俺が忘れ物したから(笑)
まぁ、おあいこと言う事ですな♪

忘れ物取りに引き返して再度出発、今回も高速に入る前で良かった。
高速でしばらく行くと亀山ジャンクションの手前で既に混み始める。
こりゃぁ、覚悟を決めて行こう、休養充分だし。

伊勢湾岸道のSAに入ったのは12時半頃だったか、
入ったは良いが、なかなか車を停めるスペースがない。
どうにか停めてトイレと食事。
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4人が座れるテーブルが空いていたのは奇跡か!
上手くゲットしたのはディックヨネらしい。

見よ!この祥人君の笑顔♪
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食べたのは土手煮ときしめんのセット、
朝がっつり食べた俺はもんちのを半分程頂く。

この後、何度かSAやPAに入るのだが、車を停めるだけで時間が掛かった。
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駿河湾SAにて、向こうに見えるは海。

そう言えばこの日は曇っていて富士山が見えなかった、
変わりの富士山はあったけど。
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ヨネちゃんのiphoneによるナビだと御殿場辺りから渋滞、
事故も2件ほど絡んでいるらしい,段々車のスピードが落ちて来る。
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神奈川県に入った頃はこんな感じ、
そして海老名ジャンクションまでこのままだった (T-T)

圏央道に入って渋滞は無くなったと思ったのも束の間、
藤沢で国道1号も渋滞 .・゚・(ノд`)゚・.

結局、川崎のヨネ宅に到着したのは夜の9時ちょっと前だったかな?
その後に祥人君を江戸川に送り届けて練馬に到着した時は夜11時を回っていた。
事故渋滞も有ったとはいえ大型連休での車の移動を甘くみていたな。
正味で13時間以上、その間、祥人君はほとんど喋っていた様な気がする(笑)
おかげで眠くはならなかったのが幸いでした。

皆様、お疲れ様でした、、、 完

男サマタ
posted by もんち&男サマタ at 22:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行、遠出など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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