2022年07月23日

出羽へ その2

山寺立石寺の参拝を終えて車を停めていた土産物屋で、
俺は心太、もんちはさくらんぼのカキ氷で一服。
ポツリと雨が落ちて来るなかを出発。

目指すは由良海岸、ナビによると所要時間は1時間30分か、
果たして日本海に沈む夕陽が見えるのだろうか?
と心配になる程に前方に見える山には厚い雲が掛かっている。
森敦の小説を読んで以来、気になる山なんだよね月山は、しかし全く見えん。
山間部に入ると結構な雨に霧、これはこれで幽玄な境地を味わえる。
しばらく走って庄内平野に出ると雨は上がり薄日が差していた。
右手遠くに鳥海山が見えた、いつか行ってみたい。

宿に到着。
昼間は結構な雨だったらしいが、海の向こうは雲が切れてる。
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部屋のベランダに出て海を眺める。
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小さな島は白山島、
しかし、いつまで眺めていても飽きないな。
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ここも三十年前に泊まっているのだが、
当時は国民宿舎か国民休暇村だったので安かった記憶がある。
今は民間のホテルになってるので料理はそれなりの物が出た。
食堂で食事中に夕陽が見えた。
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翌朝、水平線の向こうから雲が湧いている。
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朝食前に海岸を散歩、良い風が吹いていた。
蜂子皇子はこの海岸から上陸した伝承が残っている。
そして出羽三山へ、、、海から山へか、
何処から来て何処かへ去る、折口信夫の言うまれびと伝説の一種かな。
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白山島は橋で渡れるので行ってみた。
海猫に出迎えられるもんち。
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島の頂上部に白山神社があるので登って参拝。

考えてみたら神社仏閣にはよく行くけど、
ほとんど何も願わないな。
ただ、ちょっと無になった気がする、一瞬だけどね。

posted by もんち&男サマタ at 22:00| 群馬 ☔| Comment(0) | 外出、旅行、遠出など | 更新情報をチェックする

2022年07月18日

出羽へ その1

六月に父の納骨を済ませ、諸々の手続きも一息ついた。
ならば旅行でもと思って出掛けたのは出羽の国山形。
当初は日本海に行って夕陽を見ようぜと思っただけなのだが、
それだと時間が余る、その前にどこかに寄ってくかと考えて浮上したのが、
「閑けさや岩にしみ入る蝉の声」と芭蕉が詠んだ山寺立石寺。
実は三十年ほど前に一度来ている。

あまり良い天気ではなかったが、出発から五時間ほどで到着。
山の上の方に祠が見える、あそこまで登るのか、、、
やめようかなと思ったが、もんちは登る気満々。
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境内に入ると根本中堂がある、写真撮り忘れた。
比叡山から分灯された法灯があり、信長の叡山焼き討ち後は、
立石寺のこの法灯から比叡山に分灯されたとか。


清和天皇の御宝塔、この寺の創建は清和天皇の勅願によるからな。
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山門をくぐり奥の院に向けて登り始める。
千段以上の石段、往復で一時間半だって、
「やっぱ止めるか?」
「ここまで来て何言ってんのよ!」
渋々登り始めたが意外にも登りやすい。
所々に奇岩、祠、磨崖仏などがあって飽きないからかな。
しかし汗はびっしょり喉はカラカラ。
水を持ってきていなかったのは失敗だった。

奥の院に到着
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これは仁王門、向こうに見えるのが五大堂と開山堂。
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五大堂からパチリ、お堂は断崖に突き出る様に建っている。
向かいの断崖にあるのは釈迦堂、一般の人は行けないが、
あんな怖そうな所に誰が行くかい。
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しかし絶景だな。
登って良かった♬
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立石寺の創建は貞観二年(860年)、あの貞観地震の何年か前か。
創建の時期は諸説ある様で、草創の時期はもっと遡るのかもしれない。
ここから近い出羽三山の開山は、聖徳太子の叔父の崇峻天皇の子、蜂子皇子とされている。
山岳信仰、修験道、、、何かしらが寺創建以前にあってもおかしくない。

宿はその出羽三山の向こうにある庄内地方、
山寺を出発する頃には雲が怪しくなって来た。

posted by もんち&男サマタ at 22:51| 群馬 ☔| Comment(0) | 外出、旅行、遠出など | 更新情報をチェックする

2022年07月09日

92歳

5月に父が亡くなった、享年92。
いくつもの病気を患い、認知症も進み、
徐々に身体も思うように動かせなくなって来ていた。
それでも規則正しい生活を心掛け、
決まった時間に起き食事をとり、デイサービスに通い、
毎日風呂に入り、毎晩同じ量の焼酎を飲む、、、
去年の夏までは、そうして家で過ごしていた。

しかし、去年お盆休みが終わり、急に涼しい日が何日か続いた頃に体調を崩して入院。
退院後もなんとか家で過ごしていたが、明らかに衰えが見える。
「こりゃぁ要介護1のレベルじゃないですね。」
担当のケアマネージャーさんの認識も我々と一致し再認定をお願いしたら、
要介護認定4となったのが11月。
そして12月の初めに老人介護施設に入居。
家の中は一挙に寂しくなって、もんちは時折涙ぐんでいたが仕方ない。

コロナ禍で本来面会は制限されていたが、
病院と違って介護施設では融通を利かせてくれたのがありがたかった。
訪問看護もあるし、状態が悪化しても病院には入院せず、
過度な延命措置は取らない事に決めた。

春を迎える桜の季節が過ぎた頃、父の食事量が徐々に減ってきた。
主治医は、かねて食事量が減ってきたら長くないと言っていたので、
そろそろか、、、と覚悟を決めたのが4月。
その後、施設での普段の様子を見せて貰ったが、
他の入居者の皆さんと楽しそうに話してたな、
最期は楽しく過ごせたのではと思う。
介護施設の職員さん達には感謝しかない。

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葬儀を終え、少しづつ父の遺品を片付けていると戦中の手帳が出てきた。
海軍予科練修生時のもの。
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旧制中学を辞めての入隊で当時16歳。
敗戦を迎えて故郷に帰ってみれば、
両親は幼い弟妹達を連れて満州に渡り消息不明。
その間、父の祖父母が身を寄せていた叔父の家は、
工場を営んでいたが終戦前夜の高崎空襲で焼失。
その時の父の心境はいかばかりだったろうか。

それでも家族は誰一人として命を落とさなかったが、
やっとの事で満州から帰って来た父の両親は、
戦争に協力したとされて公職に復帰出来なく塗炭の苦しみを舐めた。
こんな話しは掘り返せばいたるところにあるのだろう、
国策の過ちの責任を取るのは、昔も今も国民なのだと今更ながらに思う。

父と妻に感謝。


posted by もんち&男サマタ at 10:19| 群馬 ☔| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2022年07月02日

政治家より政治屋

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食料自給率が低い、資源も少ない、安全保障も外国頼み、
科学技術も研究者も流出、、、
そんな国に必要なのは、
あちこちと駆け引きできる有能な政治屋。
「貧乏人は米を食え」とか言うやつは居ないのか?
posted by もんち&男サマタ at 09:06| 群馬 ☔| Comment(0) | 二言三言 | 更新情報をチェックする

2022年06月20日

梅の実

庭に梅の木がある。
わりと古い、今住んでいる家を建て替える前からあった。
この梅の木は毎年実をつけるが放置していた。
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今年こそは梅の実を使って梅酒でも作ろうと思い立ち、
脚立を引っ張り出して実をもいだ。
数日前に雹が降り多少実は落ちてしまったが、
それでも結構な収穫量。

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頭上に実が成っていても、さほど匂わないが、
もいでザルに入れておくと良い香り。
へたを取って洗い、一晩水に浸けたのをザルにあけ乾かす。
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もうこれで食べられそうな気がするけど、噛りませんぜ。

そんで仕込み。
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右から梅酒(ブランデーで漬けた)、
梅シロップ、らっきょう酢漬け。

果たして仕上がりは如何に♬
posted by もんち&男サマタ at 22:13| 群馬 ☔| Comment(0) | 食べ物、飲み物 | 更新情報をチェックする